​ 明福寺縁起

浄土宗寺院の明福寺は、天川山寂光院と号す。明福寺は、嘉禄2年(1226)親鸞聖人が常陸国笠間郡から上洛のためこの地を通りかかり、炎暑の疲れを休めていた時、老翁の頼みに応じて雨乞いの祈願をして日照り続きの被害を救った。その夜木陰にまどろんでいると、さきの老翁は毘沙門天であることを夢に見たが、果して林の中に毘沙門堂があったので、そのかたわらに草庵を結び、所持していた聖徳太子自作の像を祭ったのが始まりである言われている。上人は三年の間この地に住み、安貞二年の春帰洛したといわれている。鎌倉幕府滅亡後の戦乱で荒廃したものの、浄土宗鎮西派の沙門徳誉笈公が文明年間(1469-1487)に浄土宗寺院として再興した。本堂の裏、雨乞いをしたという所に「鏡が池」と「けさ掛けの松」があり。この池は聖人が自らの像を彫るため、御姿を写したともいわれ、また、この松は聖人がけさを掛けたともいわれている。文化財として親鸞上人、聖徳太子自作の坐像、尊像があります。

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